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飲料缶に関する感性品質の解析(早稲田大学 田中 正和氏 棟近 雅彦氏)

こちらの内容は,第10回JUSEパッケージ活用事例シンポジウム 多変量解析・信頼性解析セッションでの発表事例をまとめたものです.

1. はじめに

日常生活における価値観の変化や生活水準の向上を背景に,消費者の要求は多様化・細分化している.そのため企業は,人間のイメージやフィーリングによって評価される,感性的な要求にも注目する必要がある.なぜならば,消費者は機能面に対する要求に加えて,感性的な要求も満たす製品を求めていると考えられるからである.

これまでもSD法を用いて感性品質を解析した事例は多く見られる.しかし,評価用語の選定の仕方が体系的でなかったり,個人差が十分に考慮されていなかったりした場合が多く,設計に有用な情報を得ることができる解析方法は確立していない.

本研究では,飲料缶の開けやすさを例に取り,感性品質を設計に反映させるためにはどのような解析を行えばよいか考察した.

2. 感性品質とその解析指針

2.1 認知・知覚モデルと感性品質

SD法によるアンケート調査を行う際,感性品質を設計に反映させるためにどのような評価用語を取り上げるべきかが問題となる.棟近ら[1]は,感性品質の評価が認知・知覚モデルに従うと考え,そのモデルを考慮して評価用語を選定するのが有用であることを示した.

認知・知覚モデルとは,人間をある情報処理機器とみなし,人間が対象から何らかの刺激を受け,最終的に起こす行動までの過程を示したものである.認知・知覚モデルの概念図を図2.1に示す.


図2.1:認知・知覚モデルの概念図

このモデルの特徴は,刺激を「知覚」してから「行動」を起こすまで4階層であること,および,隣接する階層間には因果関係が存在することである.そして,各階層は次のように説明できる.

「知覚」,「認知」
刺激をどのように知覚,認知しているのかを表す.
「記憶との照合・情緒的反応」
過去の経験によって蓄えられた情報を用いた評価を表す.
「行動」
嗜好や快・不快を表す.この階層で総合的な評価(以後,総合評価)を行うと捉えられる.

2.2 考慮すべき個人差と感性品質

SD法によるアンケート調査の結果を解析する際,従来の研究の多くで均質な感性を持つ「標準人間」が仮定されている.その場合,個人差を考慮した解析が十分に行われているとはいえない.本研究では,次にあげる個人差を考慮した解析を行うことにする.

1)嗜好の個人差

どの対象を好む,あるいは好まないかという総合評価の評価者による違いをいう.例えば,ゴルフクラブの打球感を評価した際,評価者aは“クラブL”を好み,“クラブM”を嫌い,評価者bは“クラブM”を好み,“クラブL”を嫌う場合,両者には嗜好の個人差があるという.

2)項目の個人差

どの項目について総合評価を行う際重視するのか,ある項目がどのような値のとき総合評価がよくなるのか,という評価者による違いをいう.

3)弁別の個人差

各項目について,各対象を弁別する際の弁別結果の評価者による違いをいう.例えば,ゴルフクラブの「硬い-やわらかい」という項目で,評価者aはクラブLを“硬い”と評価し,評価者bは“やわらかい”と評価した場合,両者には弁別の個人差があるという.

4)属性の個人差

年齢,性別等の比較的客観的に判断できる評価者による違いをいう.嗜好の個人差などを解析して得られた結果を考察する際に重要な情報となるものであり,これまで述べた個人差とは区別した方がよい.

2.3 設計情報への変換

2.2で言及した嗜好の違いなどによる個人差を考慮して,評価者をグルーピングする.その後,グラフィカルモデリングを用いて評価者の認知・知覚過程を明らかにすることによって,感性品質に重要な影響を与える物理特性を把握する.詳細は4.3で述べる.

3. 一対比較法を用いた調査とその解析

SD法によるアンケート調査に先立ち,一対比較法による予備解析を行った.一対比較による評価は,SD法による評価に比べて容易に行うことができると考えられる.ここでは,1)評価者の評価精度を確認するとともに,2)サンプル間の差を把握することを目的とした.概要を以下に示す.

評価者
10人(学生)
評価対象
飲料缶5本(A,B,C,E,F)
評価方法
5個のサンプルを2個ずつ組合せ,各対についてどちらがよいか(開けやすいか)

まず,特性の異なる飲料缶のサンプル{ A,B,C,E,F }の一対比較を,各対につき10人に行ってもらった.結果を表3.1に示す.表3.1で,○×は比較した2つのサンプルにおけるよい,悪いの判定である.

例えば,評価者1は,サンプルAとBを比較して,Bの方がよいと評価していることを表している.

次に,表3.1からサンプルiとjにおける10人の比較のうち,iがよいと判断した人数xijを求めて 表3.2にまとめた.なお,xiはサンプルiとjに関する(10人による)10回の比較において,iの方がよいとされた回数の合計である.表3.2のデータを用いて行った検定(または推定)について以下に述べる.

表3.1:一対比較の結果(一部)
評価者\サンプル A BA CA EA FB C
1 ×○ ×○ ×○ ×○ ○×
2 ○× ×○ ×○ ×○ ○×
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
9 ×○ ○× ○× ×○ ○×
10 ×○ ×○ ×○ ×○ ○×
○,×の数 2,8 2,8 1,9 1,9 10,0
表3.2:一対比較のまとめ
  A B C E F x
A - 2 2 1 1 6
B 8 - 10 9 10 37
C 8 0 - 4 6 18
E 9 1 6 - 8 24
F 9 0 4 2 - 15

評価精度の確認

まず,“評価者の判断の一致性”の検定を行った.統計量,自由度の計算方法,および棄却限界値について以下に示す.

一致判断総数Σが,次式のようなχ2分布に従うため,(1)式のように統計量を計算する.

  (1)

ただし,

  (2)

で,kはサンプル数,nは各対を評価した人数,およびКijはサンプルijよりよいと判断した人数である.自由度は

   (3)

で,ならば,n人の判断に何らかの一致性があるといえる.

適用結果

表3.2から計算すると,が得られた.
であり,有意である.したがって,評価者間の判断に何らかの一致性があるといえる.

判定比の推定

サンプル に対する判定比 を次に示す連立方程式のもとで,逐次近似より求める.

  (4)

  (5)

検定

  (6)

χ02 =nk(k-1 )ln2 -B1  (7)

を求める.この値を自由度k-1のカイ二乗分布の5%点と比較し,ならば,サンプル間に差があるといえる.

適用結果

まず,逐次近似により求めた判定比πを表3.3に示す.

表3.3:各サンプルの判定比
サンプル BECFA
判定比π 0.75 0.12 0.06 0.05 0.02 1

次に,求めた判定比について検定を行う.計算の結果,

χ02=51.06,自由度k-1=4よりであり,有意である.したがって,各サンプル間に差があるといえる.

4. SD法を用いた調査とその解析

4.1 評価用語の選定

2.1で述べた認知・知覚モデルを考慮して,評価用語を選定した.表4.1に示す.

表4.1:評価用語(一部)
1「タブの最初のひっかかり」について
1.1 悪い-良い
2「タブ自体」について
2.1 すべる-すべらない
2.2 (指に)フィットしない-フィットする
3「初めのタブの浮かせやすさ」について
3.1 (指が)入りにくい-入りやすい
3.2 重い-軽い
4「押し込み」について
4.1 重い-軽い
4.2 硬い-柔らかい
4.3 弾力がない-弾力がある
4.4 手ごたえがない-手ごたえがある
4.5 不安定な-安定した
4.6 ひっかかる-ひっかからない
・・・
7「総合」
7.1 開けにくい-開けやすい

そして,表4.1で示した評価用語を用いて,アンケート調査を実施した.概要を以下に示す.

評価者
59人
評価対象
飲料缶9本(A~I);ただし,(A)~(F)は一対比較の調査で用いたものと同じである.
評価方法
SD法(7点法)
評価項目
評価項目 (タブの最初のひっかかり,押し込みの重さなど) 17項目 総合評価(開けやすさ)1項目

4.2 評価者の層別

上記の調査から得られたデータを用いて,2.2で言及した (1)嗜好の個人差,および (2)項目の個人差の解析を行った.本研究における個人差の解析とは,当該個人差に着目して評価者の層別を行うことを意味する.以下に,解析方法,および結果を示す.なお,(1),(2)の解析を行う中で,弁別の個人差,および属性の個人差についても見たことになる[2].

(1)嗜好の個人差による層別

(1)で扱うデータ形式を図4.1に示す.図4.1において,特性値は飲料缶の総合評価(表4.1の7.1開けにくい-開けやすい)であり,これは [評価者]×[対象]の繰返しのない二元配置の形をしている.


図4.1:データ形式(二重中心化前)

図4.2:QCASへの入力形式(二重中心化後)

ここで,2.2の定義から,嗜好の個人差は評価者と対象(今回は飲料缶)の交互作用と捉えられる.本研究における嗜好の個人差の解析とは,その交互作用を明らかにすることといえる.

本研究では,評価者jの対象iに対する総合評価(飲料缶の開けやすさ)yijに対して,Mandelの交互作用モデルを利用する.その際,以下の(8)式を仮定する.

    (8)

今回の事例では, αは飲料缶の主効果, βは評価者の主効果であり,が飲料缶と評価者との交互作用を表している.また,a=9,b=59である.そこで,次のような解析を行えば交互作用を明らかにできる.

まず,図4.1形式のデータに対して要素をzijとする残差行列を(9)式の二重中心化により求める.

  (9)

次に,得られたzij(図4.2形式のデータ)に対して,分散共分散行列から出発する主成分分析を行う.この分析により求められる固有値,因子負荷量,主成分得点がそれぞれ(8)式における に対応することが知られている[3].

そして,(二重中心化された総合評価について主成分分析を行い,)得られた主成分得点を用いることにより,嗜好の個人差で層別することができる.ここで,主成分得点の布置が近い評価者同士は,図4.6のようなグラフを書いたとき,同じような傾向を示す.

嗜好の個人差による解析結果を以下に示す.QCASへの入力形式は,図4.2のとおりであった.主成分分析の結果を表4.2,および,図4.3,図4.4に示す.

表4.2:主成分分析の結果
固有値 寄与率 累積寄与率
第1主成分 3.213 0.219 0.219
第2主成分 2.452 0.167 0.386
第3主成分 2.187 0.149 0.536

図4.3:因子負荷量散布図

図4.4:主成分得点散布図

まず,飲料缶について因子負荷量散布図(図4.3)を見る.因子Aが水準1である飲料缶AとIが近くに位置し,因子Hが水準1である飲料缶EとFが近くに位置している.

次に,評価者について主成分得点散布図(図4.4)を見る.図4.4からは評価者を視覚的に層別するのは困難であるため,各評価者の主成分得点にクラスター分析(Ward法)を適用して層別を行った.その際,主成分の固有値を考慮して重み付けした値を用いた.結果のデンドログラムを図4.5に示す.


図4.5:デンドログラム


図4.6:S1グループの評価者(一部)

図4.5から,多数派のS1グループと少数派のS2グループに分類できた.その際,各グループで評価者ごとに,横軸をサンプル,縦軸を総合評価としたグラフを描き当該グループの特徴を調べた.一例として,S1グループに属す評価者のグラフを図4.6に示す.その結果,以下のことが分かった.

(2)項目の個人差による層別

(2)で扱うデータ形式を図4.7に示す.これは,評価者ごとに,各評価項目と総合評価との相関係数を算出して整理したものである.この相関係数の絶対値,および符号の正負の傾向から評価者をグルーピングすることが項目の個人差の解析である.


図4.7:QCASへの入力形式

表4.3:K1グループの相関係数(一部)
  1.1 2.1 2.2 3.1 3.2
評価者1 0.53 0.62 0.54 0.86 0.51
評価者1 0.70 0.34 0.48 0.54 0.85
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
平均 0.70 0.53 0.51 0.78 0.59

そこで,次のような解析を行えばよい.

まず,図4.7形式のデータに対して,評価者をサンプルとするクラスター分析(Ward法)を行う.そして,得られたデンドログラムから評価者を層別する.

次に,グループ毎に各項目と総合評価との相関係数の(評価者の)平均を算出する.グループ間で相関係数の平均を比較することで,各グループの重視する項目の違いが捉えられる.

項目の個人差の解析結果を以下に示す.先に述べたように,データ形式は図4.7であり,評価者をサンプルとしたクラスター分析(Ward法)の結果を図4.8に示す.

図4.8から,評価者は項目の個人差によって2つのグループに層別できそうであることが分かった.そこで,K1,およびK2のグループ毎に,各評価項目と総合評価の相関係数の平均を算出した.一例として,K1グループについて計算した結果を表4.3に示す.

表4.3から,K1グループの評価者は,総合評価の際,評価項目{1.1,3.1}を特に重視することが分かる.


図4.8:相関係数によるクラスター分析

(3)層別したグループの整理

(1),(2)で評価者を嗜好,および項目の個人差によって層別することができた.結果を整理して,表4.4に示す.表4.4から,例えば,グループⅢには評価者4,評価者6,評価者7,・・・など多くの評価者が属しており,さらにその評価者たちは飲料缶{ A,I }を嫌い,総合評価の際,タブのひっかかり,滑り,フィット感,指の入りやすさを重視していることが分かる.

表4.4:評価者の層別結果(表中の数字は,評価者No.を示す)
重視する項目/嗜好の特徴 S1:A,Iを嫌う S2:A,Iを嫌わない
共通項目 タブのひっかかり,滑り,フィット感,指の入りやすさ 個別項目 K1:
軽さ,柔らかさ,弾力,音
グループⅠ:15人1,3,10,・・・ グループⅡ:2人2,49
K2:
共通項目のみ
グループⅢ:35人4,6,7,・・・ グループⅣ:7人5,22,28,・・・

4.3 評価構造モデルの探索

2.3で述べたように,表4.4でまとめたグループ毎にグラフィカルモデリングを適用した.その際,評価項目と物理特性(因子)の対応付けまで行い,4個の評価構造モデルを作成した.

ここで,開けやすさに寄与すると考えられる物理特性は,飲料缶の要素(何らかの関係が存在すると考えられる因子のグループ)ごとに複数の特性(計29種類)が測定されている.しかし特性間の相関が高いため,計測値をそのままグラフィカルモデリングに用いることはできない.そこで,今回は要素毎に主成分分析を行い物理特性の分類を行った.

表4.5:因子負荷量(一部) 
変数 主成分1 主成分2
因子B 0.873 -0.148
因子D 0.854 0.377
因子G -0.505 0.776

まず,サンプルを飲料缶,変数を物理特性として主成分分析を適用した.そして,因子負荷量を用いて各主成分(軸)の意味を判定し,各サンプルに関する物理的特性値29個を7個に縮約することができた(表4.5) .例えば,表4.5から,主成分1は因子B,Dを,主成分2は因子Gをまとめたものと捉えられる.

次に,グラフィカルモデリングを適用した結果の一例を,図4.9に示す.具体的な手順は,大久保ら[4]の解析方法を参照されたい.矢印は因果関係を示し,数値は項目間の偏相関係数である.


図4.9:グラフィカルモデリング図

4.4 まとめ

(1),(2)の解析から以下のことが分かった.

以上から,評価者に個人差は存在してもその差は大きくなく,また,飲料缶の設計にあ たり万人に好まれるものを把握した方が望ま しいと考え,評価者は層別しないで解析を進めることにした.

5. 実験

3,4での解析は,既存のサンプルを用いて行った ものである.したがって,その中で最も高く評価され た製品が消費者にとって最適な製品とは限らない.また,総合評価に影響を与えていると予想された因子を確認する必要もある.そこでL8による実験を行った.取り上げた因子は5個(A,B,C,D,E,F)で,考慮した交互作用は , A×B,A×Cである.特性値として総合評価評点を用いた.評価者は33人で,それは繰り返しとみなすことにした.次に分散分析の結果を表5.1に示す.表5.1から,以下のことが分かった.

表5.1:分散分析表
因子 平方和 自由度 分散 F0
A 77.907 1 77.907 34.682**
B 14.036 1 14.036 6.249
C 3.875 1 3.875 1.725
F 2.94 1 2.94 1.309
誤差 545.851 243 2.246  
611.609 247    

F( 1, 240; 0.05 ) = 3.880
F( 1, 240; 0.01 ) = 6.742

6. 考察

6.1 解析方法の有効性

3,4,5で示した解析を行うことで,感性品質の評価における評価者の個人差について把握するとともに,設計に活用できる情報を得ることができた.評価者を均質なものとして解析する場合と比較して,より消費者(ユーザ)に適した設計を行える点で有用であると考えられる.

6.2 他の事例への適用

開けやすさと同様にして,飲みやすさ,注ぎやすさの解析も行った.調査の概要,および解析結果をまとめて表6.1に示す.その結果,飲みやすさ,注ぎやすさについても,設計の際に考慮すべき物理特性を把握することができた.

表6.1:調査の概要と結論(概要)
飲みやすさ 注ぎやすさ
評価者 36人 39人
評価対象 7本 7本
項目 16個 16個
評価方法 SD法
表6.1:調査の概要と結論(結論)
事例 高く評価されるサンプル 好まれる理由 因子
飲みやすさ 4,3 飲み口の大きさ:よい G
注ぎやすさ 1,4 流出感:よい G

6.3 感性品質の解析方法

本稿では,確認実験において特性値を総合評価とし,評価者を繰り返しとみなした.これに関しては,a)特性値を別の評価項目の評点とした解析,b)直積実験と捉えた解析など,他に様々な解析を行うことが可能であり,今後検討する必要がある.

参考文献

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